
真っ直ぐなものは真っ直ぐじゃないとダメだという価値観。
そんな価値観が邪魔をして、既成概念の枠から飛び出せない。これが当たり前だから、だからこうしなくちゃいけない。みんなはこうだから、こうしなくちゃいけない。「破壊なくして創造なし」常識が常識ではなく、非常識こそが常識になるのが発想の原点なのだ。
例えばこの自転車。ねじれがアクセントとなり、他の自転車には無いデザインが魅力的だ。しかしこの発想が出来た理由はわからない。
例えば、親子二代で自転車店を営んでいる息子が、親父に「このタイプの自転車を今月中に7億台作れ」と言われて順調に作業は進んでいたが、さすがに6億14512台目くらいから同じ作業に飽き始め、「ここの真っ直ぐなパイプを溶接すんのは角度的にもめんどくさいからねじっちゃえ」なんて軽い第8次反抗期が原因だったのかも知れない。「ちょ!結局ねじった方がめんどくさっ!このパイプ固っ!!」みたいな感じで後悔したんだろうけど。
もしくは既存の自転車はあの部分が真っ直ぐな為、急ブレーキをかけた際にサドルから滑り落ち、あの部分で股間を痛打したトラウマから生まれたのかもしれない。ねじれを持たせた分だけ、あの部分が低い位置に設定出きるので、足が届き股間を痛打しなくて済む。まさに「破壊なくして創造なし」
「この自転車は片玉潰れた時に考え付きました」みたいな。