コーヒー豆の香りが佇む小さな喫茶店、そこのシングル席で今日もまったりと時間を無駄に潰す。
やや金額が高めのキリマンジャロに小瓶のミルクを注ぎ、銀色の小洒落たスプーンで深い茶色と濁った白をかき混ぜる。ミルクが綺麗に混ぜ合わさり、黄土色になったら飲み頃の合図。
さっきから店の中をチョロチョロ走り回ってるのは、マスターの大事な孫のシェリル。小さな足に靴のサイズが合ってないのか、ぱたぱたと音を立てて走る。ぱたぱたぱたぱた。ほら、ぱたぱたぱたぱた。
そのリズム感が、古びたトランジスタラジオから流れるマイルス・デイビスのトランペットに楽しさを与えるんだ。あのぱたぱた音がジャズの跳ねるリズムに良く似合うそんな昼下がり。
僕はファスナーの取れかかったバックからノートパソコンを取り出してメールをチェックする。相変わらず新着メールはスパムメールばっかりだ。それをひとつずつ削除している今、そう、このタイミングでいつもそろそろ現れるんだ。
「おじちゃん何してるの?」
ほらね。でもおじちゃんじゃなくてお兄ちゃんだよ。
シェリルはマスターに貰ったパイナップルジュースを片手に近付いてきた。小さなグラスに氷をいっぱい入れてもらって、ストライプのストローで音を立てながら飲む。そして時々、ストローでブクブクブクブクと吹いて遊んではこぼしたりして。
「何をしてるの?」
ああ、これかい?これはインターネットと言って、世界中の知らない人達とこんにちはと挨拶する機械なんだよ。
「友達もたくさん出来るの?」
ああ、たくさん出来るよ。シェリルもやってみるかい?(やだ)そうか、でも友達って言っても所詮ネット上だけの友達で建前や社交辞令で仲良くしてくれてるだけかもしれないね。
「これは何をしてるの?」
ああ、これはお兄ちゃんのホームページを更新してるんだよ。
「ホームページ?」
ああ、お兄ちゃんの自己紹介みたいなもんだよ。面白い画像を見つけて紹介してるんだ。それのオマケ的な文章も面白く書こうとしてるんだけど、なかなか難しくてね。シェリルも夏休みの宿題で絵日記なんか描くだろ?それとあまり変わらないよ。シェリルの方が上手に書けるかも知れないね。
「何の為にしてるの?」
ああ、みんなに喜んでもらったり楽しんでもらったりってのは大義名分でただ目立ちたいだけだろうねぇ。
シェリルはケラケラ笑いながらジュースをこぼした。
ほとんど飲んでないのに、こぼしてばかりでもう3杯目じゃないか。ダメだぞシェリル。でも僕はそんなシェリルを自分の子供の様に可愛らしく感じている。
シェリルはそんな事はそっちのけで楽しそうに話してくる。
「おじちゃんは何の為に生きてるの?」
ああ、世界中の幸せを守る為に生きてるんだよ。おじちゃんじゃなくってお兄ちゃんには飢餓や貧困や人種差別を無くす使命があるんだ。(嘘ばっかり)うん、嘘だよ。もちろん口先だけでさ、善意の印である白い腕輪さえしてないんだよなぁ。幸せって毎日聞く言葉だけど、幸せって何だろうねぇ。
「これはなぁに?」
ああ、それかい?それは砂糖の壺だよ。さっきからずっと蓋が開きっぱなしになってるねぇ(アタシが開けた)そっか、閉めておかなきゃダメだよ(やだ)頑固だなぁ。
いいかい?砂糖の壺の中には妖精が隠れているんだよ。お兄ちゃんにはそれが見えてねぇ、蓋をしないと妖精が隠れられなくて困っちゃうだろ(クスクス)
ああ、おかしいかい?(うん)お兄ちゃんはときどき現実と妄想の区別がつかなくなっちゃうんだ。きっと純粋なふりをしてるんだろうねぇ。ロマンチストのフリをして女の子に良く思われたいだけなのかもねぇ。
「なんでさっきから暗い話ばかりするの?」
ああ、それはお兄ちゃんが暗い人間だからだよ。お兄ちゃんは死にたくもないのに死にたい死にたいと言う癖があるんだ。きっと誰かに構ってもらいたいんだろうねぇ。それだけが人に構ってもらえる手段なのかも知れないねぇ。
ほらあそこを見てごらん。飛び降り自殺をしているぞ。
疲れた人間の哀れな最期だよ。哀しいねぇ、良く見ておくんだよシェリル(うん)人間ってのはねぇ、ああして空を飛びたがるんだよ。車輪の上で走る事に疲れ果てて空を飛びたがるんだ。もちろんお兄ちゃんもその一人なんだよ。
自由になれるつもりだったんだろうねぇ(空を飛ぶのも大変なのにねぇ)ああ、同じ事を渡り鳥が言ってたよ。でも何でシェリルが空を飛ぶ大変さを知ってるんだい?まるで空を飛んだ事がある様な言い方だねぇ。
ああ、シェリルはまるで妖精みたいだなぁ(クスクス)お兄ちゃんの代わりにその笑顔で世界を救ってやってくれないか?
………
「お客さんコーヒーのお代わりはいかがですか?」
マスターがにこやかな表情で聞いてきた。ああ、お願いします。僕は壁に飾られた銀の額に入った油絵を見ながら答えた。するとマスターは飲み干したカップを下げながら、壁の絵を嬉しそうに自慢した。

「この妖精の絵は素敵でしょ」
ああ、シェリルに似てますね。
「シェリル?」
ああ、マスターのお孫さんのシェリルですよ。ほら、ここにいる…。
「孫?私の息子は四十にもなって未だに独身ですよ、誰か良いお相手いませんかねぇ」
マスターは目をぱちくりさせながら不思議そうな顔でカップにコーヒーを注いだ。
いつの間にかテーブルの上に置かれた砂糖の壺の蓋は閉まっている。
ランキングが125位(笑) 我ながらザコ(笑)
男の、男による、男のためのアダルトショップ
久々でうーれしいv(。・ω・。)vィェィ