
テレビから流れるのは、いじめの問題と、幼い命が自ら幕を閉じたニュース。
子供同士の冗談や悪ふざけから始まったものもあれば、性根が腐った陰険な仲間外れ。挙句の果てには、それを止めるべきはずの教師が率先して行なったいじめ。討論されているのは、いじめる側が悪いのか、いじめられる側が悪いのか、いじめが行なわれている学校が悪いのか、学校や教育委員会がそれを認めるのか、認めないのか。
「うざい」「キモい」「死ね」「殺すぞ」「デブ」
これは某番組が独自のアンケートを行なった「傷ついた言葉」の上位五位。これらは人格どころか存在すら否定されてしまう言葉であり、気持ちの弱い子供はどんな気分になるのだろう。その後の行為から予想は出来てはいるが。
しかし、上記の言葉を無くすのは難しいと思う。なぜなら日本中に流されている電波、視聴率の高いゴールデンタイムに流されている電波、その電波に乗ってその言葉は流れてくる。子供の大好きなお笑い芸人が、公共の電波上で「うざい!」「キモい!」「死ね!」「殺すぞ!」「デブ!」と叫ぶと、御丁寧にも放送局はテロップを使用して強調までしてくれる。そしてスタジオには笑いがこぼれる。
それを見た子供は、自分も同じ事を言えば人気者になれるんじゃないかと思ってもおかしくはない。そう思わなくても、その言葉は脳裏にインプットされるだろう。悪口を言うなと注意するはずの大人が、テレビの中で悪口を言っているのだから。中には毒舌や他人の悪口を言ってキャラを確立している大人までいる始末。
テレビの影響は視聴者に大きな影響を与える。僕らだってそうだ、ましては感受性の高い子供なんて尚更だろう。僕も小さな頃はそうだった。テレビの中では芸能人がスイカを汚く早食いしたり、ネグリジェを捲って「ちょっとだけよ」の決め台詞で笑いを取る。クラスの人気者になりたかった僕は、それを真似して親や先生に怒られたものだ。
子供に注意するのは大人、しかしそれを流行らせているのも大人。そりゃ悪口がこの世から無くなることはない。
では、どうやっていじめを無くすのか。僕は、無責任な言い方だが個人で強くなってもらうしかないと思う。テレビや週刊誌では、学校側の問題、なぜに担任が気が付かないのかと報道されているが、子供もバカではない。いじめは先生の前では行なわない。いや、もし担任が知っていたとしてもこんな時代だ。今の子供は危険すぎる、相手が大人であれ平気で暴力を振るい、平気で人を殺す。担任も自己防衛の為に何も言えないでいる状況だってあり得る。
親の責任はどうだろうか。いじめられて自殺をした子供の遺書、それを見ると心の優しい子供ばかりだ。親に状況を言えない子供だってたくさんいると思う。親には心配をかけさせたくないというのは、人の子供なら誰だって思う。僕だってこの歳になってもそうだ。それに親に話したとしても、親から相談に駆け込んで学校側の対処が変わる保障だってない。実際に親が学校に相談したが、学校側の返答は「いじめがあるわけがない」の一本張りだったというニュースは何度と無く見ている。中途半端な対処では、相談は密告となり、いじめは更にエスカレートする。
バカサイトの管理人が偉そうな事を語るなと思う人もいるかも知れない。現にいじめられている子供は、お前が知った様な事を言うなと怒るかも知れない。でもね、僕は昔いじめられた経験があります。それだけじゃなく、恥ずかしながら人をいじめた経験もあります。
いじめの原因は些細な事なのです。ちょっとした妬みでいじめられたり、ちょっとした身体的特徴でいじめられたり、ちょっとした態度でいじめられたり。好きな子があいつの事を好きだったから、人よりちょっと足が遅いから、人よりちょっと背が低いから、授業中に放屁をしたから、トイレで大便をしていたから、ドッジボールでぶつけられたから、理由は何でもいいのです。
僕もちょっとした理由でいじめられていました。いじめられていたと言うよりも、いじめられた事があるか無いかと言われたら、いじめられた事はありますと言う程度ですが。その時もきっかけは些細な事でした。無視された事も、殴られた事も、机が無かった事もあります。僕の場合は、そのいじめを暴力で解決しました。そしていじめた人達をいじめる側になってしまいました。僕が大嫌いだった人達と同じ人間になってしまいました。でも、そこで立ち向かわなかったら自殺までは行かないとしても、その後もずっといじめられていたかも知れませんね。
だから、もしこの駄文を読んでいる人達の中で、いじめの被害を受けている人がいるとしたら、どんどん立ち向かって行って欲しい。別に暴力を推進してるわけじゃありません。それは暴力では無く、誰かに相談するでもいい。でも誰かに相談するなら、とことん一緒に戦ってくれる人に相談して欲しい。その一番近くにいる人は親だと思います。子供から見てだらしない親でも、子供の為だったら命を賭けてでも戦ったりするんだぜ。
いじめは本当に辛い。それは僕も身を持って知っている。苦しいよね、学校に行きたくないよね、死にたいよね。死んで楽になりたいよね。でも、でもね。
死んだら楽になるなんて誰が言った?
死んだら楽になれるなんて、何の本に書いていた?
死んだら楽になれるなんて、どの死んだ人が言っていた?
僕もまだ死んだことは無いからわからないけど、死んでも楽になれない気がするんですよ。死んだ世界で全てが無になれば楽かも知れないけど、記憶や感情が残っている可能性だってあるかも知れない。もし残っていた場合、それこそが地獄だと思う。まずそこで考える事は、残してきた家族の事ではないだろうか。自分の子供に先立たれた親は、どんな気持ちで生きているのだろうかと。
例えば、僕の子供がいじめの被害に遭い、遺書を残し自殺したとします。僕はいじめた相手を片っ端から憎むでしょう。四六時中、子供の事を考えるでしょう。毎日毎日、うなされる夢を見るでしょう。そしてどんな手段を使ってでも加害者を捜し出し、僕は一人残らず残酷な殺し方で殺すでしょう。加害者だけに留まらず、その両親まで殺してしまうかも知れません。そして僕の精神は破壊され、高いビルから飛び降りるだけなのです。親にとって子供とはそんな存在なのです。
死ぬ勇気があるなら、何でも出来る。
死ぬ勇気があるなら、それを立ち向かう勇気に変えろ。
そんな事は良く聞くけれど、そんなに簡単なものじゃないよな。いじめられてる人にしかわからないよな。おじさんは偽善者ぶってるわけじゃなくて、おじさんはバカだからこんなちっぽけなサイトでも、もしかしたら何か出来るかも知れないと思ってるんだよ。もしかしてこのサイトを見れくれてる人の中に、学校でいじめられてる人がいて悩んでいる人がいるかも知れない。明日天国に行こうと切符を買った人もいるかも知れない。そのうちの一人でも止められたらと勘違いしちゃってるんだよ。
おじさんもちょっとだけ頑張ってんの。こんなちょっとした事しか出来ないからね。だからもしそんな悩みの人がいたら、ちょっとだけ頑張ってみよう。ちょっとだけ現実に立ち向かってみよう。もしかしたら、そのちょっとだけがもの凄い大きなものになるかも知れないしね。
明日死ななかったら、明後日もの凄いハッピーな事があるかも知れないじゃん。もったいないじゃん。おじさんは辛いことがあっても、もうちょっと頑張れば小倉優子がヘアヌード写真集出してくれるんじゃないかと期待して頑張ってるんだよ。それで今日もこうして生きてんの。
山あり谷ありだけど、結構人生って面白いもんだよ。
ランキングが125位(笑) 我ながらザコ(笑)
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